2010年8月22日日曜日

8.6.2010





今年もやってきた、暑いヒロシマの8月6日。年に一度、広島が世界の注目を集め、平和を願う日。被爆65周年を迎える今年は国連のパン・ギムン総長も式典に参列されるようで、朝からヘリコプターの音が空に響く。

INUという、うちの大学が海外の提携校と協力し、毎年8月上旬に約5日間セミナーを行っていて、今年はその通訳のアルバイトをしている。というわけで、昨日5日は被爆者の方の証言を聞き、そのまま一行を連れてごった返す平和資料館へ。子供の時から数えきれない数足を運んでいる平和記念公園、原爆ドームにも思わず「ただいま~!帰ってきたよ。」と声をかけたくなる。

高校生のころから毎年8月6日はなにかしら地域と繋がったボランティア活動をしてるけど、今年はこのセミナーにつきっきり。当日、午後6時にセミナーが解散になった後、昨夜神戸からわざわざ駆けつけてくれた、メリーランド大学で同じ寮に住んでたYさんに会う。帰国後めでたく就職も決まり、「学生最後の夏休み、8・6のヒロシマを生でみたい!」ということで、カプセルホテルに一晩泊るという身体的犠牲(?)を払って、6日の朝、一般席の最前列をゲットしたそう。

大学を離れてからの夏休みや日本に帰ってきてからの近況報告など、お好み焼きを食べつつ話が盛り上がる。関西人のくせにお好み焼きは広島風のほうが断然好きというY氏。ビールも進みます。

お腹も一杯になったところで平和公園に戻り、灯篭流しに参加。このころには川沿いの人口密度もMAX。これだけ人が集まると熱気もすごい。ヒバクシャの魂を弔う灯篭流し。カラフルな灯篭が川に浮き、ろうそくの光が水面に反射する中、ゆっくりと河口に向かって流れていく。ばったり大学の友達に出会い、みんなで観賞。

日中はデモやビラ配りや観光客があふれ、とにかく町中で異様なほどの活動的エネルギーがはじけている。それと一転、日が沈んだあとの平和公園は、もっとゆっくりとした祈りの時間が流れている。耳を澄ませばいくつもの違った言語があちこちから聞こえてくるし、観光客の数も昼間と変わらないけど、水面に浮かぶ灯篭を見ていると、その流れに合わせて心も落ち着き、ひとりひとり自分のペースで今日一日を振り返ることができる。

毎年のことだけど、この灯篭流しを見ながら考えることは、世界平和とか核兵器撲滅とか、答えの出ないような大きな問題じゃなくって、なぜか自然と家族や友達など、身近な大切な人たちのこと。昨年、とあるヒバクシャ者証言の通訳をしていた時、その方はお話の最後をこんな言葉で締めくくられた。
「戦争で家族も友達も元気も夢も希望も、すべて失った私からみなさんにお願いしたいこと、それは、今、あなたの隣に座っている人を愛してほしい、ということです。」

優しい気持ちで一日を締めくくれたことに感謝。Love & Peace from Hiroshima 2010.

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