2011年3月31日木曜日

大地震


3月11日早朝、日系の教授から電話が。
「ニュースを見て!日本で地震が!!」

テレビがないので、ひとまずインターネットをつける。
・・・なんだこりゃ!マグニチュード9?!東日本壊滅?!

事態がよくつかめないけど、とりあえず、東北で、巨大な地震があった、らしい。
今日11日、わたしは朝からDCからニューヨークに移動して、成田から飛んでくる友人と落ち合う予定。はたして友人を乗せた飛行機は出発したんだろうか・・・?!

事の真相がまったくわからないまま、とりあえず急いで高速バスに乗り込み、マンハッタン到着、地下鉄乗り換え、JFK国際空港まで辿りつたのはもう夜。到着ゲートには、東京からの飛行機を待つ人の群れに交じってテレビカメラまでいる。電光掲示板によれば、飛行機は6時間遅れで出発したそう。この飛行機に、Mちゃんが乗ってますように!!

一日中移動してたからまともにニュースや新聞を読む暇もなく。
待ってる間、周りの人の会話から何が起こったのかおおよそ推測。

ゲートから人がぱらぱら出てきはじめた。
・・・Mちゃーーーん!!感動の再会。無事でよかった!

話を聞くと、飛行機に搭乗し、滑走路に出て、いざ飛ぶ!という数分前、飛行機にはげしい揺れが。
今日は風がやけに強いな~と思いきや、窓の外の人や建物も揺れてる・・・、大地震が起こったらしい。

その後、管制塔で働く人たちも避難し、空港は無人化。機内で6時間待機したあと、ようやっと出発。
機内での6時間、外の世界と完全に隔離されて、そりゃ混乱しただろな、何が起こったんだ?!って。

夜遅くようやっとホステルに到着。ふぅ~。長い一日だった。
ホステルに泊ってる他の日本人たちと話してるうちに、どうも相当な地震だということに気づく。
帰りの飛行機が立て続けにキャンセルされてる、帰国難民ともいうべき人たち。日本大使館に抗議に行くとか。

翌朝、世界中の友人・知り合いから、「日本大丈夫?家族は生きてる?」と、かなり心配そうなメールが入る。え、そんなにひどいの?!明らかに世界各地でトップニュース、ネットのニュースや街角の新聞を見ても、一面JAPAN EARTHQUAKE。目に映る津波の画像・映像は、もはやSF映画のシーンのよう。BBCやCNNのニュースを見てると、「日本壊滅」の勢い。

まず、とにかくショック、驚き。これ、現実?!
そして、私は旅行なんかしてていいのか?!?!
自分の無力感と、どことない罪悪感。

親戚の無事を聞き、ひと安心。西日本は被害がないらしい。
せっかく旅行に来てるんだし、地震のことばっかり気にしてるのもなんだから、旅行は旅行として、5日間しっかり楽しもう。というものの、毎日報告される死者の数が増え、福島原発の問題が発生し、帰宅難民、計画停電・・・今まで聞いたことない単語が登場。想像以上に、事態は深刻。

それにしても、一国で起こった災害が、一瞬のうちに世界中に発信される、ネットワークのグローバル化をしみじみ実感した。さもなければ、一ヶ月後日本に帰ったわたしは、まさに浦島太郎状態になってただろうね。100年前だったら、考えられないこの迅速さ。電話、メール、いろんな方法で、遠くの人と繋がって、情報を共有し、励まし合える。でも同時に、津波の映像を見てると、自然のパワーのに対する人間の小ささを怖いほど感じる。家も、テレビも、パソコンも、自動車も、あの波の下、一瞬にして消える。

楽しい旅行と、地震のショック、2011年3月11日は混乱のうちにおわりました。

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